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2006年1月活動記録   

<1月29日(日)> 晴れて穏やかな日でした。
炭焼は熱い仕事だから冬にする?
 このことは案外知られていません。今日も、解説をします。
余談から、始めます。植物は、根から吸い上げた『水』と葉の気孔から取り入れた空気中の『二酸化炭素』を原料に葉の『葉緑体』を工場とし、『太陽エネルギー』を使って、『養分(澱粉質)』を作り出し、副産物として『酸素』を排出します。いわゆる『光合成』ですね。
『水』と『空気(二酸化炭素)』と『太陽エネルギー』から『養分』を(無機物から有機物を)作り出すなんてことが出来る生物は植物以外にありません。地球上の生物は全て、植物に養われています。人間が一番偉いと思っていても植物がなければ生きて行けません。動物性プランクトンでさえ植物性プランクトンを栄養源にしています。
e0049740_18115142.jpgここから本題です。
 木は樹皮のすぐ内側に形成層とよぶ、新しい細胞を作っている(要するに成長している)部分があります。葉緑体で作られた養分は師管という管を通って運ばれるのですが、この師管が樹皮のすぐ内側を通っています。そして師管が壊れたものが樹皮になり、形成層で作られた細胞が壊れると内側の木部と呼ばれるものになります。根から水を吸い上げる管は導管と呼ばれます。
導管、師管は人間の血管のような役割を果たしています。
 日本のように、冬は低温、夏は高温と温度差がある地域では、低温の冬には植物は成長が止まります。落葉するものもありますし、いわば冬眠しています。その成長期と冬眠期の存在が年輪となって現れます。
冬眠期には水を吸い上げることもなく、養分を送ることもない。つまり、樹皮と木部の間が活動せず、落ち着いているということです。その状態が良い炭を焼く必須条件なのです。活動期の木を焼きますと、樹皮が剥がれ易いガサガサの炭になり、お茶炭にはなりません。
木を伐っていると良く分ります。4月になって木を伐ると、人ならすぐに血を流すと同じように、水を溢れさせる木があり驚くことがあります。クヌギはそれほどでもありませんが、4月に伐った木はやはりガサガサの炭になってしまいます。
ここからまた余談です。形成層で作られた新しい細胞が壊れると、内側の木部になる。ということは、木は周辺部で生きていて内側は死んでいると言うことになります。                                                        e0049740_20234468.jpgその証明です。これは奈良公園にあるクスノキです。元々洞が出来ていたところへ落雷を受け、木部が焼失しています、が生きています。
その反対が下の写真です。京都府美山町芦生の森の『熊ハギ』にあった木です。これは、一部分だけ剥がされ、生きています。しかし最近は周辺部全てを剥がされ、枯れる木が多くなり「芦生の熊には半殺しの文化が有ったのに、若い熊にはそれが引き継がれていない」とガイドが嘆いていました。(*半殺し:木の周辺部全てを剥がすのではなく、半分は残す。)






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お分かり頂けましたか?
冬に炭焼をするのは『木の都合』によるためで、熱さを緩和させるというような『人の都合』によるものではありません。
もっとも、夏に炭焼など出来るものではありませんが・・・

       





<1月23日(月)>名月窯支援活動 窯の出し入れ  
8~14時
 今年は、本当に雪の日が多いですね。名月窯の周辺は、黒川地区より積雪はあります。でも、今日は黒川窯は山の日でした。山は雪は勿論、雨の日も仕事になりません。従って、今日は休み。
名月窯は窯の日で、雪に関係ありません。炭を出し次に焼く木を入れ、点火して来ました。昨年スタッドレスタイヤを装着、雪に備えましたが不発。今年は大活躍。
 ところで、『名月窯』と聞くと、陶芸の窯という印象をもたれるでしょうね。どうってことありません。名月峠というのがあって、その近くにあるから、『名月窯』。黒川地区にあるから『黒川窯』と私達が、勝手に名付けたものです。
 その名月峠、冬季はよく凍結します。今日も事故があったのでしょう。パトカーがサイレンを鳴らしながら走って行きました。雪は昼近くまで、激しく降りました。この世から色が消え、白と黒だけ。まるで墨絵を見ているようです。
「今日は、おかしいね。つまらぬ文章を書いていないで早く、写真、写真!」という声が飛んできそう。スミマセン カメラ持って行くの忘れました。でも弁当は持って行きましたから。

熱分解
 少し、難しい話をします。炭焼を正確に知りたく、且つ忍耐力のある方はお読み下さい。
 一昨年、炭焼を初体験した時は、窯の中に詰めた木に火を燃え移らせようとしました。
焚口の所で勢いよく燃えている木も窯の内側に入れると消えてしまいます。うちわで扇いだり、火吹竹を作って吹いたり、どうしても上手く行かず焦りました。
 中の木が燃えるわけがないですよね。窯はレンガ化した土で覆われ、煙突は上ではなく窯の口の反対側の下に小さな穴があるだけです。燃え難いようになっているのですから。
 火を焚くのは、中の木を燃やす為でなく、窯の中の温度を上げるためです。窯の内部が400℃位になると、中の木が熱分解を起す。その残渣が炭である。
分ります?分りませんよね。 ものの本にはそう書いてあります。
炭焼名人に聞いても、「そんな難しいことは知らん!炭は理屈では焼けん!」と一蹴されてしまいます。
「とにかく、最初は水蒸気が出て、そのうち煙が出始める。その煙が黄色味を帯びて、喉を刺すような臭いがして来る、そこで空気孔だけ残し口を閉じる。空気調整をしながら3日位すれば、煙突から出る煙が紫色から透明に変わる。その状態を、『根が切れた』と言う。そこからが勘所。いつクドサシ(窯を密封)するか。酸素が入らないよう窯を密封状態に3~4日して後、炭を取り出す。早すぎると、窯から火が出るぞ」と・・まあ、名人は、こんな調子です。これだと、一応仕事は出来ますが、窯の中で何が起こっているのか分らない。
 黒川窯々主が「わしの祖母さんは窯焚きの名人やった。大して燃やしていないのに、誰が焚くよりも早く、口を閉じる段階へ持ってきた」と話されたのも気になり、頭の隅に残っています。今も、黒川窯では「窯を焚くのは私が専門」と奥さんが言われる。窯焚きは歴代、女性の担当のようです。
その女性の仕事、今では私も立派に果たす過信はあるけれども、この1年『熱分解』なる言葉が頭から離れませんでした。
先日、熱処理が専門と言う方が「窯の中の温度を測定しようとしましたが、意味がないですよね。土で造った窯ですから、場所によっても、木の詰め方でも変化する」と言うような話をしてくれました。私は、そんな話(失礼!)より、「私は熱処理が専門」と言うことに強い関心を持ち、即座に質問しました。「熱分解とはどういうことか、分りやすく説明して頂けませんか。本で読んでも難しくて・・」「熱分解?帰ってからメールを入れましょう」ということで返事が来ました。

   今日頂いた「宿題」の「熱分解」についてちょっと調べてみました。

   「熱分解とは? 分子が熱で破壊される反応をいう。一般に化合物を
   熱で分解させると,最も弱い結合の開裂がおこる。」

   木の成分はセルロース、ヘミセルロース、リグニンからなり温度を上昇
   させることによりまず、セルロースが熱分解され、次にヘミセルロース
   次に、リグニンが分解されます。このとき酸素成分が過剰な状態では
   材の着火温度になれば燃焼を起こしますが、酸素成分が希薄な状態で
   熱分解が進めば「炭化」が進行するということです。

   お答えに成りましたでしょうか?

   熱分解反応は古くから判明していたようですが、その制御はかなり難し
   そうです。

   特に、炭焼きは材の含水率(乾燥状態)もまちまちですし、窯内の温度
   分布状態も不均一な為、科学的にコントロールすることは非常に困難
   と思われます。

 私には、答えになっています。皆さんはどうでしょう。
つまり、酸素が希薄な状態で窯の温度を400℃に維持すれば炭が出来る。酸素過多になると白い灰の部分が増える、最悪は燃え尽きる。
3日間、煙の色を見ながら、レンガ1個の空気孔の調整をし『根が切れる』時を待つ間が良い炭になるかどうかの分かれ目だと理解しました。

 最後まで、読んだ方、お疲れ様でした。すごい忍耐力ですね。これで貴方も炭焼名人のノウハウと化学者の知識を会得しました。書いた方も執念です。

<1月20日(金)>名月窯支援活動 山からの搬出と整理  
9~15時
 菊炭の原木クヌギは日本には自生林はなく、元は全て植林したものだそうです。
ですから、見渡す限りクヌギばかりなんて所は残念ながらありません。あちらに少しこちらに少しといった状況です。
特に、名月窯が在る能勢町は炭に焼いた重量が1t 程度のクヌギ林が点在しています。
黒川窯が在る川西市北部は、能勢町よりも炭焼が盛んだったのか、持ち主は異なるけれども、かなり広い範囲にクヌギがある山があります。それでも黒川窯のような大きな窯(1回に焼ける炭の重量800kg)の1シーズン分を調達出来る山はありません。
従って、名月窯も黒川窯もその年のシーズンには1箇所が終われば次の山へと移動しながら原木を調達し炭を焼いていきます。(伐採権を山主から買い取ります)
 
 名月窯で、私達が12月15日と16日の両日でルートを切り開いた山は、そのままで、未だ本格的な伐採には入っていません。
窯主が、先に手を付けていた山がようやく今日、後1日位で終わる目処がついたところです。e0049740_741123.jpg

 
 
 最終の整理段階に入りました。






                     
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 集材機です。操縦が慣れないと結構面倒かつ危険です。
しかし、これが無いと仕事になりません。
クヌギは大変重い木です。水にも浮かびません。
ですから、機械力が無かった昔はクヌギが有る所に窯を造り、炭にしてから運び出していました。
炭の重量は原木の20%に、体積は80%に減少します。


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昔の窯跡。
窯の口の部分です。


今は笹で覆われていますが、結構、大きな窯です。




e0049740_7463154.jpgいわゆる百貫窯と言われているものでしょう。
炭の重さにして400kgが焼けます。
 天井は落ちています。粘土を築き固めた窯は、焼き続けている限りレンガのようになりますが
10年以上も、放置すると土に還るといいます。




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窯跡から見た風景です。
この窯跡は標高500m位の所にあります。そして、この近く、50m位の所にも窯跡がありました。
このような山の窯で一人徹夜で火の守をする時、人は何を思うのでしょう。


黒川窯の窯主の話によると「窯を造るのはなんとも思わなかった。すぐそこに有っても造る。村の人10人位を頼んで造った。その日、一杯飲ませれば、それで済んだ。そのかわり、その窯は誰が使っても良かった」ということです。
 機械力がある今は窯のある所へ原木を集めます。窯は簡単には造れません。
昔の百貫窯に相当する大きさの窯を造るのに150万円はかかると言います。

 黒川窯々主の奥さんの思い出話:「幼い頃、山の窯の火を見に行くお祖父さんのお供をした。真っ暗な山道を提灯(それも前しか照らさない提灯)の灯り一つで・・・
もう~怖くて怖くて・・・。お祖父さんの前を歩くことも、後ろを歩くことも出来なかった。しっかり手を握り、お祖父さんの横にピタッリくっついて歩いた」

<1月15日(日)> 妙見演習林山開き・とんど焼   
10~14時30分
 妙見演習林の山開きを「歩む会」と合同で開催。今年1年の安全を祈願しました。参加者は「歩む会」7名と合わせて15名。
山開きの神事の後、各自持参した注連縄、門松などでとんど焼を実施しました。
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 山開きだからというのでなく、寒い日は、誰言うとなく暖かい物を作ります。スーパーまで、徒歩15分。買出しに行き、あっという間に出来上がり。
今日は、鏡開きの餅を使ってぜんざいもありました。 



 妙見演習林は、元々「歩む会」の演習林です。自然観察と山遊びに重点を置いている「歩む会」と森林整備と山仕事に重点がある「菊炭友の会」が同じフィールドで活動するのは、お互いにメリットがあるでしょうと「菊炭友の会」が押し掛けた形です。両方の活動に参加している会員もいますし、山開きや、納会は合同で開催するなど大変良い関係ができています。

歩む会のメンバー手造りのツリーハウスです。
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                            植物保護の木道です
e0049740_165562.jpg NPOシニア自然大学が現役の人の為に座学は夜間、野外観察は土日に行う「自然大学」を組織しています。
「歩む会」はその1期生の同窓会を母体とした伝統あるサークルで、妙見演習林での活動は既に
10年に及んでいます。この演習林は、歩む会々員の親戚の大変なご好意で、自由にして良いと、無償で借用しているものです。
「歩む会」のブログへは、次をクリックして下さい。http://blogs.yahoo.co.jp/ayumukai96/MYBLOG/yblog.html/

<1月11日(水)>名月窯・黒川窯支援活動  
  炭焼シーズン中は、毎日あるいは飛び飛びで支援活動は続いています。           
菊炭の原木・クヌギについて
  今日は、ゲストのために活動記録から離れて、菊炭の原木、クヌギについて少し解説をさせて頂きます。(それぞれの写真は同じ場所ではなく、ストーリーに合うように、複数の場所・季節の写真を集めて説明します) 
 下の写真は、素晴らしいクヌギ林です。普通はコナラ、アベマキ、カシなどが混在するのですが、この林は見たところ80%はクヌギのようです。
1月26日林に入ってみました。少しがっかり。遠目で見たほど、クヌギばかりではありませんでした。でも、密植されていて、真直ぐな木であり、2窯分位のクヌギはあるでしょう。
<余談ですが、名月窯の窯主が私達のために(全てを私達の手で、私達の為の菊炭を焼くために)今年、手配して下さったクヌギ林です。>
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                 (菊炭友の会専用クヌギ林)
このクヌギ林をクヌギは勿論、その他の木も皆伐します。下の写真のように丸裸になります。この状態を見て、自然破壊をしていると役所に電話をされる方もあると聞いています。無理もない一面もあります。
しかし、こうすることにより、太陽光線が林床の全てに行き渡り、元気な森が新たに形成されるのです。
 自然林に人間の手が加わって出来た里山は、こうして人間の手を借りないと、数種の常緑広葉樹が生い茂った暗い森になってしまい、生物多様性の点からも大変問題があり、里山放置林とも呼ばれる状態になります。
薪炭の生産のため10年サイクル位で伐採され続ける林が本来の里山の姿を保っているのです。
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 左は伐採されたクヌギの切り株です。右は、6月中旬の状況です。切り株から、5月頃[ひこばえ]が誕生、6月には、もうこんなに成長します。この状況を萌芽再生といい、落葉広葉樹に見られる現象です。
1本の木の幹から数本の枝が出、これが大きくなる過程で落ちる枝もあり、2・3本が大きく成長し、6年後には、再び炭の原木として使えるほど大きくなります。 
 ところが困った問題があります。鹿です。鹿がこの新芽を食い荒らします。シカ!と現場をおさえました。私の姿を見て逃げて行く鹿です。
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 左の写真の右中段辺りに逃げて行くのが写っています。その部分だけを右に拡大しました。鹿の特徴である白いお尻が見えます。黒っぽい物が沢山ありますが、それはクヌギの切り株です。
 私は、その年2月に伐ったクヌギの萌芽状況を6月に観察に行きました。鹿には気付きませんでした。「雉も鳴かずば・・・」の例えで鹿が先に私を見つけ、教えてくれたのです。雉の鳴き声に似た「キエッー!」いう大きく鋭く響く鳴き声でした。なんだろうな?雉は「キエッー!キエッー!」と2度鳴きするのに・・と思い、見渡すと、かなり前方に鹿がいて驚きました。これまで、鹿の鳴き声と言えば物悲しく口笛を長~く吹くようなものしか聞いたことがありませんから・・・。
鹿は立ち止まったまま、まるで私を威嚇するように、何度も何度も鳴く・・というより吠えました。私がはっとし、カメラを構えると同時に、駆け足で森の中へ消えて行きました。多分、近くに仲間がいたのでしょう。あの鳴き方は警戒警報だと思います。素晴らしい1対1の対決の機会を自然が与えてくれました。
 左下の写真は鹿対策用に、実験的に1m70cmの高さで伐ったクヌギです。萌芽枝が出ています。これを繰り返したのが、右下のような台場クヌギだというのですが・・・e0049740_18384193.jpge0049740_18391378.jpg

















 最後に典型的な里山の風景写真を掲載します。こういう風景を懐かしいと感じる方もシニア世代ですね。山の中央辺りの緑は檜でしょう。そしてその右側、中段小さな三角形は1昨年、切ったクヌギ林。左は3年前くらいに切ったクヌギの林です。このような昔ながらの里山風景は、今もこの地域で炭焼が続いており、定期的に伐採されるから見られるとのことで、全国でも珍しいそうです。兵庫県立大学の服部保教授は北摂の里山は日本一の里山だと主張されています。これは、能勢の山です。
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<1月5日(木)>名月窯支援活動 炭出し・原木入れ・点火 
8~14時
 2006年の活動は名月窯からスタートしました。今年、初の炭出しと原木入れ、そして点火です。
名月窯の1回で焼ける炭の量は240kg。黒川窯の3分の1です。窯主老夫婦が少量ながら高品質のお茶炭(菊炭)を焼いてこられました。
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下は今年、初窯出しの炭です。とても綺麗に焼けました。第1号がこんなに上手く行くと、とても良い気持ちになります。
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上は窯入れ待ちの原木です。並んでいるのは少し太めでお茶炭には成らない木があります。お茶炭には胴炭やぎっちょ、割りぎっちょ等とそれぞれの名が付いており、直径・長さに規格があります。(いつか、説明しましょう)原木では太くともビール瓶の太さまでです。お茶炭にならないのはバーベキューなどに使われます。
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黒川窯ではお茶炭の規格のサイズに切って出荷されますが、ここ名月窯では焼きあがった状態のままで12kgの束にして出荷されます。出荷先は個人もしくわ問屋です。e0049740_17191498.jpg

ところで、名月窯の窯主を紹介しましょう・・・・・

イエイエ・・・これは私達の仲間の一人です。
完全に嵌っています。
皆伝を目指して、まずは形から?
どうして、どうして技能は勿論、取り組み姿勢は大したものですよ。
私達は14時で引き上げましたが、今(18時)も残って火の番をしているはずです。
窯の中の温度が上がり、中で燃焼が始まり、窯の口をレンガ1個分くらいの空気孔を残し、レンガと粘土で固めてしまう作業までをやろうとしています。11時頃点火し、調子良く燃えていましたから、そろそろレンガを積み始めた頃でしょう。ゴクロウサマ。

by cn1397 | 2005-12-27 17:11 | 2006年1月活動記録 | Comments(0)